
漢方薬は、ひとつの成分だけでできているわけではありません。
「生薬(しょうやく)」と呼ばれる自然由来の薬草や鉱物など、複数の素材が組み合わさって、体のバランスを整えるように働きます。
それぞれの生薬には、体を温める・潤す・巡らせる・鎮めるといった個性があり、その組み合わせによって処方全体の性質が決まります。
ここでは、いろはなクリニックでよく使用される代表的なエキス製剤に含まれる生薬を中心に、その特徴と働きを紹介します。
「自分に合う漢方」を理解する手がかりとしてご覧ください。
カテゴリ別にみる生薬
補気薬(ほきやく)
主な働き
生命エネルギーである「気(き)」を補い、体の基礎的な活力を整える生薬群です。
「気」は東洋医学で、体を温め、血を巡らせ、臓腑を動かし、心身を支える根本的なエネルギーを意味します。
気が不足すると、疲れやすい・息切れしやすい・声に力がない・汗をかきやすい・食欲が落ちる・風邪をひきやすいといった「虚(きょ)」の症状が現れます。
補気薬はこうした“エネルギー不足体質”を底上げし、日常的なだるさや倦怠感、慢性疲労、胃腸虚弱、感染しやすい体質などを改善します。
また、免疫力・回復力の低下が関係する慢性疾患にも幅広く用いられます。
代表的な生薬:人参、黄耆、白朮、甘草
- 人参(にんじん) – 全身のエネルギーを高め、疲労回復を助ける
- 黄耆(おうぎ) – 抵抗力を高め、風邪予防やむくみにも
- 蒼朮(そうじゅつ) – 胃腸を整え、水分代謝を助ける
- 甘草(かんぞう) – 他の生薬の調和をとり、炎症を鎮める
補血薬(ほけつやく)
主な働き
「血(けつ)」を補い、体を内側から潤し、肌・髪・爪・心の健康を保つ生薬群です。
血は単に体液としての血液だけでなく、精神安定や自律神経のバランスにも関与します。
血が不足すると、顔色が悪い・爪が割れやすい・髪が抜けやすい・眠りが浅い・不安感が強い・月経不順や生理痛があるなどの症状が現れます。
補血薬は、特に女性の健康に深く関わる生薬群で、月経や更年期に伴う体調変化、慢性的な冷え、貧血傾向、精神的不安などに効果的です。
また、皮膚や粘膜の修復、潤いを保つ作用もあります。
代表的な生薬:当帰、芍薬、地黄、阿膠
理気薬(りきやく)
主な働き
「気(き)」の流れをスムーズにし、滞ったエネルギーをめぐらせることで、ストレスや緊張、胃腸の不快感を改善する生薬群です。
気が滞ると(=気滞)、イライラ、ため息、胸や喉のつかえ、腹部膨満感、食欲不振などが生じます。
このタイプの方は、精神的ストレスやホルモン変動で体調を崩しやすい傾向があります。
理気薬は、感情の抑圧・ストレス性の消化不良・生理前の不調などに用いられ、自律神経のバランスを整え、体と心を軽やかに保ちます。
代表的な生薬:陳皮、香附子、枳実
- 陳皮(ちんぴ) – 胃腸の動きを整え、ガスや膨満感を改善
- 香附子(こうぶし) – 女性の情緒・月経不順に効果的
- 枳実(きじつ) – 胃のつかえ・便通の滞りを解消する
利水薬(りすいやく)
主な働き
体内の「水(すい)」のめぐりを良くし、余分な水分を排出する生薬群です。
東洋医学では、むくみ・頭重感・下痢・めまい・関節痛などの多くが「水滞(すいたい)」によって起こると考えられます。
利水薬は、体の中の“停滞した水”を動かすことで、むくみ・めまい・下痢・水っぽい鼻水・浮腫などを改善します。
また、水分バランスの調整を通じて、気圧変化に敏感な方や、天候で体調が左右される方にも有効です。
代表的な生薬:茯苓、沢瀉、猪苓
- 茯苓(ぶくりょう) – むくみ・不眠・不安感を緩和
- 沢瀉(たくしゃ) – 利尿を促し、腎の機能を助ける
- 猪苓(ちょれい) – 余分な水分を体外に排出する
清熱薬(せいねつやく)
主な働き
体の中にこもった「熱(ねつ)」を冷まし、炎症やのぼせ、発赤を鎮める生薬群です。
東洋医学では、ストレス・感染・過労・暴飲暴食などにより、体内に“実熱(じつねつ)”や“虚熱(きょねつ)”が生じるとされます。
この熱が高まると、発熱、のぼせ、ほてり、皮膚の赤み、口内炎、イライラ、不眠などが起こります。
清熱薬はこうした「余分な熱」を取り除き、炎症性疾患や皮膚トラブル、精神的興奮状態にも効果を発揮します。
代表的な生薬:黄連、黄芩、石膏
- 黄連(おうれん) – 強い抗炎症作用、胃腸や心の“熱”を鎮める
- 黄芩(おうごん) – 熱を冷まし、咳や鼻炎などの炎症を抑える
- 石膏(せっこう) – 高熱・のぼせ・頭痛などに用いられる“天然の清涼剤”
解表薬(げひょうやく)
主な働き
体の表面にある邪気(風邪やウイルスなど)を追い出し、
悪寒・発熱・頭痛など「風邪の初期症状」を軽減する生薬群です。
体の表面を温めて汗を出し、寒気を外へ逃がす「発汗解表」と、のぼせ・炎症・咽頭痛を鎮める「清熱解表」の2タイプに分かれます。
風邪のひきはじめ、鼻づまり、筋肉のこわばり、ゾクッとする寒気など、初期段階で用いることで症状を軽くすませるのが目的です。
代表的な生薬:桂枝、麻黄、蘇葉
- 桂枝(けいし) – 体を温め、発汗を促して風邪の初期を改善
- 麻黄(まおう) – 発汗・鎮咳・気道拡張作用をもつ
- 蘇葉(そよう) – 呼吸を助け、ストレス性の緊張も緩める
活血薬(かっけつやく)
主な働き
「血(けつ)」の流れを促進し、滞り(瘀血:おけつ)を解消する生薬群です。
血行が悪くなると、肩こり・生理痛・冷え・シミ・くすみ・頭痛など多彩な症状を引き起こします。
活血薬は、血流を改善し、体の隅々まで栄養を届けるとともに、炎症や腫れ、慢性的な痛みを和らげる働きもあります。
特に女性の体調管理や更年期ケア、慢性疼痛、皮膚疾患に幅広く応用されます。
代表的な生薬:川芎、紅花、丹参
- 川芎(せんきゅう) – 頭痛・肩こり・冷え性に
- 紅花(こうか) – 月経痛や打撲など、血の滞りに
- 丹参(たんじん) – 血行促進とともに心の落ち着きを助ける
安神薬(あんじんやく)
主な働き
心を落ち着かせ、不安・緊張・不眠・動悸を和らげる生薬群です。
「神(しん)」とは精神活動全般を意味し、過度なストレスや不安で乱れやすい領域です。
安神薬は、神経の高ぶりを鎮め、睡眠の質を改善し、情緒の安定を取り戻すのに役立ちます。
また、体の内側(血や陰)を補うことで、メンタルと身体の両面を支えます。
代表的な生薬:竜骨、牡蛎、遠志
- 竜骨(りゅうこつ) – 鎮静・抗不安作用を持ち、不眠・イライラに
- 牡蛎(ぼれい) – カルシウム豊富で、動悸や不安感を緩和
- 遠志(おんじ) – 記憶力や集中力を高め、ストレス過敏を鎮める
健胃薬(けんいやく)
主な働き
胃腸の働きを助け、食欲不振・消化不良・もたれ・下痢などを改善する生薬群です。
現代の食生活・ストレス・冷えによる消化機能低下に対応します。
健胃薬は、胃の動きを活発にして食べ物の停滞を防ぎ、消化を促進し、胃の張りやガスの溜まりを解消します。
また、脾(ひ:消化吸収を担う臓腑)を補うことで、全身のエネルギー生産にも寄与します。
代表的な生薬:山査子、麦芽、神麹
- 山査子(さんざし) – 脂っこい食事の消化を助ける
- 麦芽(ばくが) – 胃腸の働きを整え、食べ過ぎ・授乳期の乳張りにも
- 神麹(しんぎく) – 穀類の消化を促し、食後の膨満感を改善
生薬を理解することで見えてくること
漢方薬は、「この症状にはこの薬」という単純なものではなく、体質や季節、心の状態を含めた“全体の調和”を大切にしています。
同じ「当帰」でも、どの生薬と組み合わせるかによって、温める働きが強く出たり、巡らせる力が高まったりと、効果が変化します。
いろはなクリニックでは、一人ひとりの体質・背景を丁寧に見極め、最も調和の取れた処方を選択するよう心がけています。